こんばんは~。
しばらく、更新をサボっておりましたが、記事はまだ9月の四国旅行の内容です^^;
「池谷駅」から線路沿いを南に移動していると、んんんーーー!?
なんか、線路脇に見えた・・・・。と車をUターンして戻ってみました。
うむ。。。これって駅の跡じゃない!?
回り込んでみましょう。
う~む。違うか・・・。
と思っていると「鈍行さん:阿波市場駅の跡みたいだよ?」
え?どれどれ??鈍行さんが携帯で見つけたようで、確かに「阿波市場駅」という駅が昭和46年に廃止になっていて、それがここのようです。
反対側は、草に覆われて何も見えませんね。。。車両1両分ほどのホームが残るのみで、その他の駅施設は何も残っていないようです。
ちょうど、特急「うずしお」が通過して行きました。
あ、今日はこれだけでーす^^;
こんばんは~。
前回記事で、♪「鳴門線」の各駅駐車♪を書きましたが、その起点駅である「池谷駅」がなんだか良い雰囲気の駅だったので、「池谷駅」にスポットを当ててみました。
前記事でも出しましたが、「池谷駅」の駅舎です。
どこにでもあるような、小さな駅ですが。。。駅舎に入って改札を通り抜けてみると。。。
ほら、ちょっと珍しい感じの作りに。
「池谷駅」は「高徳線」の駅ですが、「鳴門線」との分岐駅となっていて、それぞれの線路がV字に分かれる又の部分に駅舎があるのです。
では、あの三角の歩道橋に登ってみましょう!
どでしょう!?
画面右の方にカーブしていってるのが「鳴門線」、左にカーブしていってるのが「高徳線
です。真ん中に駅舎がありますね。
こうやって見ると、明らかに「高徳線」の線路の方が立派な幹線路線だといことがわかりますね。^^;
反対側を見てみると。。。
単線の「高徳線」から竹ぼうきのように、分岐していきまして「鳴門線」の島式ホームと「高徳線」の島式ホームをそれぞれ挟む、4本の線路となります。
また、この駅では「高徳線」から「鳴門線」が分岐しているはずなのですが、よく見てみると、左側から「鳴門線」の1番線、2番線、「高徳線」の3番線、4番線となっており、ポイントを真っ直ぐ来ると、「鳴門線」の2番線に入るような形になります。(ちょっと列車が邪魔でわかりにくいですけど。。)要は、線路の形状上では、本線である「鳴門線」から「高徳線」が分岐しているような形になっている訳です。
これは、きっと「阿波鉄道」が「撫養駅」と「古川駅(現在は廃駅となった吉野川付近の駅)」間を、ここ「池谷駅」を中間駅として走っていた名残なんじゃなか!?と私は勝手に思っていますが、真実はどうだかわかりません^^;
こちらが、「高徳線」の1番・2番線ホーム。
こちらが、「鳴門線」の3番・4番ホームです。
それから、今時珍しい洗面所が設置されています。
SL全盛期時代は、駅にあるお決まり設備の一つだったそうですが、最近は珍しですね。
SLの煙で真っ黒になった顔を、ここで洗い流していたとか・・・?
こんにちは!
鳴門の「うずしお」を見学したら、徳島にあるお城を3つ回る日程です。
まだまだ、時間に余裕があるので、「鳴門線」の全7駅に立ち寄ってみましょう。
「鳴門線」は、大正5年に「阿波電気鉄道」として開業しましたが、電化されることはなく、大正15年に「電気」の部分を切り取り「阿波鉄道」と改名しました^^;
昭和8年に「日本国有鉄道阿波線」となり、昭和27年に「鳴門線」となりました。
「鳴門線」は昭和43年に「赤字83線」にノミネートされましたが、徳島方面への通勤通学客が若干増えたこと、鳴門大橋、淡路島、明石海峡を経て山陽本線に直結させる計画があったことから、廃止には至らなかったそうです。(計画はなくなったそうですが。。。)
そんなこんなな「鳴門線」
「鳴門駅」
(令和元年9月22日撮影)
(令和元年9月22日撮影)
このとおりの終点駅、しかし「鳴門駅」方面の列車が「上り」であるという不思議な路線です。
駅前には、無料の足湯が。。。旅の疲れを一時的に癒すのにもってこい!!
↓
「撫養(むや)駅」
(令和元年9月22日撮影)
大正5年開業時に「撫養駅」として開業しましたが、路線延長に伴い、今の「鳴門駅」が「撫養駅」と名乗ることとなったため、一度は「蛭子駅」と改名しましたが、昭和23年に「撫養駅」を「鳴門駅」と改名したため、「撫養駅」という名を取り戻したという経緯があるそうです。
(令和元年9月22日撮影)しかし、この雨止まんかなぁ。。。。
↓
「金比羅前駅」
(令和元年9月22日撮影)
(令和元年9月22日撮影)
鳴門行きの「上り」列車がやってきました。
↓
「教会前駅」
(令和元年9月22日撮影)
(令和元年9月22日撮影)
↓
「立道駅」
(令和元年9月22日撮影)
(令和元年9月22日撮影)
あいかわらずの土砂降り・・・・
(令和元年9月22日撮影)
↓
「阿波大谷駅」
(令和元年9月22日撮影)
↓
「池谷駅」
(令和元年9月22日撮影)
「高徳線」との分岐駅である「池谷駅」です。
この駅がなかなか面白い構造なので、次の記事で書きますね。
こんばんは~。
しばらく留守にしておりました!お久しぶりです。
記事は、9月22日の家族での四国お城の旅の途中、「引田駅」から「高徳線」に沿って「鳴門」の方へ進んでみます。
「讃岐相生駅」まで国道11号線に沿って「高徳線」が走っています。架線のない、のどかな鉄道沿線風景が、とても良いです。
「高徳線」の「1500系」を「讃岐相生駅」の東側踏切で撮影。
さてと、次の駅は「阿波大宮駅」なんですが、線路は国道11号からは離れて、「阿波大宮駅」は結構な秘境にありそうな感じですねぇ。。。
なんじゃこりゃ。。。こんな山道を通らないと「阿波大宮駅」には行けないの?^^;
いつ落石があってもおかしくないような、クネクネ山道を通って、「高徳線」の線路脇に出てきました。土砂降りの中、高齢の同御者様が線路に向かってカメラを構えています。うん?何か珍しい被写体が通るのかな?と少し離れたところでカメラを構えると・・・。
「うずしお」でした。こんな土砂降りの雨の中、鉄道写真を撮ることも、なかなかないですねぇ。
「阿波大宮駅」です。
時間かけてきた甲斐あっての、なかなか良い雰囲気の秘駅です。
思いの外、駅めぐりに時間を要してしまったので、ここからダイレクトに鳴門までびゅーん!!
鳴門海峡!
ここからは、観光です。^^;
結構海が荒れていますが。。。一応、「うずしお」見学の遊覧船のチケットを予約しております。
「わんだーなると」結構お客さん乗ってますねぇ。。。
しかし、我が家が乗るのは、これではなく。。。
ちょっと小さいこの船です。
狭い船内は、ほぼ満席!!
船底に部屋があって、「うずしお」が水中の窓から見えるのが売り??
・・・ほんとに、見えるの???
気泡が流れて行く様子が見えますが。。。これが「うずしお」と言われれば、そのようにも見えるし、スクリューが発した泡と思えばそのようにも見えるし。。。正直ちょっと微妙かな^^;
しかし、船がすごい揺れる・・・><
甲板に出てみると、暗い海に帆船が。。。こちらも「うずしお」見学の遊覧船??
もう、ほぼ嵐の中を行く遭難船にも見えなくはない^^;
海が荒れてて、どれが「うずしお」なのかもよくわかりませんが。。。たぶん画面左のやつがそれでしょう。。。雨が土砂降りなせいか、お客さん達は甲板に出てくることはあまりなく、甲板上は貸切状態^^;
子供達が再度海の中を見たいというので、船底の部屋に。。。
あれ。。。誰も居ない^^;
こちらも貸切状態に。。。。
出港してから程なく、口を押えて出ていくお客様・・・結局「うずしお」など見ることなく、階段に終始うずくまっているお客様。。。申し訳なさそうにガイドするガイドさん^^;
やっぱ、海が荒れているときは、あまりお勧めできない観光スポットでした^^;
・・・ま、台風来てたし。。。欠航になってもおかしくないような海象でした^^;
う~む、早く雨止まないかなぁ。
こんばんは~。
8月21日に「高松城」「丸亀城」。それから、「引田駅」の温泉施設で一泊し、22日は「引田城」「勝端城」「一宮城」「徳島城」と回ります。
今日は、温泉施設を早朝に抜け出しての朝練の模様を記事にします。
宿泊したのは「翼山温泉」というところ。
温泉施設で、宿泊もできるというスタンスであり、当日の宿泊客は我が家族1組だけ^^;
貸切状態でとても居心地の良い宿でした。(どちらかと言えば合宿所みないな感じ?)
さて、日出前から宿を抜け出し、線路脇へ。
CANON 7D markⅡの本格的なデビュー戦でもあります。
着いたらすぐに警報機が鳴りだしました。まだ日の出前で東の空がほんのり赤みを帯びた時間帯です。とっさにカメラを取りだして撮影した画像がこれ。
「1000系」後に誕生する「1500系」との併結を可能にするための改造を行い、今では「1000+200系」として「1200系」を名乗っているそうです。
・・・ていうか、この暗さでこれだけしかり撮影できる7Dに脱帽!50Dでは、この暗さの中動体をここまで止めることはできなかった。。。
ただ、この写真がこんなにしっかり写っていることに気付いていなかったため、明るくなるまで駅撮りにするか。。。と線路沿いに車を走らせ「讃岐白鳥駅」まで進出。
「讃岐白鳥駅」にて再度「1200系」を撮影、前には「1500系」が連結されていますね。
引き続き、特急「うずしお」が入線してきました。
4灯のライトがキラリと光り、かっこいいですねぇ!それから、JR四国の特急は、きっちり特急の愛称ヘッドマークが付いているところがいいっ!国鉄時代は当たり前だった愛称ヘッドマーク、今ではあまりないですよねぇ。明るさによって、ヘッドマークが白く飛んだりして、ヘッドマーク付車両の撮影は露出に結構気を使ったりして^^;
では、明るくなってきたので、走行写真を!
「1500」+「1200」+「1200」+「1500」
編成美ですねぇ~!
この撮影地は、「引田駅」から300mくらい西に行ったところで、緩やかなカーブの内側にあぜ道があり、障害物がないので撮影しやすいスポットです。
午前は下り列車、午後は上り列車が順光となり、上下線どっち側もいい具合に撮影できます。
・・・もっともこの日は雨だったので、どっちも逆光にはなっていませんがね。。。
これが、下り列車側の撮影です。N2000系よりも、この2000系の方が個人的に好きなスタイルです。
5両編成の「うずしお」障害物がないので。。。っていうか、自分の車が邪魔だった^^;
それから2700系!これが撮りたかった!!・・・と思っていたのですが、貴重なのは2600系なんですね・・・。四国出身の隠れ鉄道マニアの後輩が2600系の方が貴重だと教えてくれました^^;
さて、そろそろ朝ご飯の時間!「引田駅」に寄って帰るか。。。
キハ47も健在!!窓がリニューアルされてないので、四国のキハ47は昔の装いのままですね。
他の1500系とはちょっと装いの違う車両を発見!
これは、7次車で内装外装共に変更されたそうです。個人的にはこっちの方が好きかな??
さ、お城の合間にちょいちょい鉄道入れて行くぞーーーー!^^;